2008年12月11日木曜日
カラトラバの橋@ヴェネチア
今夏ヴェネチアを訪問した際、サンマルコ駅とバスターミナルを結ぶ妙に現代的な橋が気になりました。場にそぐわない雰囲気だったからです。「カラトラバ風」だなと思っていましたが、最近、本当に建築家サンティアゴ・カラトラバ氏の設計だと分かりました。9月にオープンしたというから、私が訪問したのは開通直後だったようです。
景観論争があり、開通式が中止になったそうです。でも、いずれはポンピドゥーセンターやルーブル博物館のピラミッドのように観光名所になるかもしれません。
2008年11月8日土曜日
2008年11月3日月曜日
世界3大がっかり
「世界3大がっかり」と言えば、コペンハーゲンの人魚姫、シンガポールのマーライオン、そしてブリュッセルの小便小僧であるとされる。「誰もが知っている有名な名所だけれど、実際に行ってみると貧相でがっかりする」というのが由来だと思われるが、一体どこの誰がこの3つを選んだのか(シドニーのオペラハウスを入れるとの説もある)。今もって詳細は不明だ。多分、日本人だけがこんな呼び名で呼んでいるのだろう。
「がっかりスポットを見てやろう」という意図があったわけではないけれど、 昨年出張でシンガポールを訪れたことで、「3大聖地」の巡礼を達成することができた。足掛け7年である。
ということで、訪れた順に写真を並べてみました。アップ写真ではなく、周囲の雰囲気も伝わるような写真を選びました。
まずはベルギーの首都ブリュッセルの路地裏にひっそりと佇む小便小僧。うっかりすると通り過ぎてしまう。というか、私は一度通り過ぎてしまった。写真では小さすぎでよく見えないけれど、世界中から衣装のプレゼントがあるらしく、色んな格好で観光客を魅了している。多分。
「がっかりスポットを見てやろう」という意図があったわけではないけれど、 昨年出張でシンガポールを訪れたことで、「3大聖地」の巡礼を達成することができた。足掛け7年である。
ということで、訪れた順に写真を並べてみました。アップ写真ではなく、周囲の雰囲気も伝わるような写真を選びました。
まずはベルギーの首都ブリュッセルの路地裏にひっそりと佇む小便小僧。うっかりすると通り過ぎてしまう。というか、私は一度通り過ぎてしまった。写真では小さすぎでよく見えないけれど、世界中から衣装のプレゼントがあるらしく、色んな格好で観光客を魅了している。多分。
ブリュッセルの小便小僧(2000年)
次に訪れた人魚姫も公園の端っこの岩場にぽつんと座っている。海の向こう側には水平線が広がっているわけでもなく、ロマンティックな雰囲気もほとんどありません。
コペンハーゲンの人魚姫(2001年)
3大がっかりの中で、個人的に一番印象深かったのは、このマーライオン。遠くから見るとそれほどでもないけれど、近くに寄ると、吐き出す水の勢いもあって結構迫力があります。観光客の集まりが一番あったのは、マーライオンでした。
シンガポールのマーライオン(2007年)
2008年10月18日土曜日
2008年10月12日日曜日
2008年10月11日土曜日
2008年10月9日木曜日
ピクトさん@スロベニア
女の子の髪型がかわいらしいですね。ピクトさん学会のHPを眺めていたら、スロバキアでも似たようなピクトさんがあって、女の子の髪型が一緒でした。
2008年10月8日水曜日
2008年10月6日月曜日
2008年10月4日土曜日
ブレック@Maxi
リュブリャナ駅前には24時間営業のブレック屋も出店している。在スロベニア権威筋によると、マクドナルドが同国にあまり進出できていないのは、ブレックやチェバブチチの人気が高いからだという。確かに駅を除けば街中ではマクドナルドの看板は見掛けなかった。
ただ、昼時の街中ではカットされたピザを食べながら闊歩する学生の姿が多く目に付いた。若者の味覚は変化しつつあるのかもしれない。
2008年10月3日金曜日
リュブリャナ市街観光
フランクフルトを出発した旅も最終日となってしまいました。リュブリャナを半日観光し、15時10分のバスで空港に向かいます。
ホテルを出発し、徒歩でリュブリャナ城に上る。朝市の開かれている川沿いの広場を通り抜け、急勾配の細い道を歩いた(この坂道の場所がちょっと分かりにくかった)。改修中でレストランや土産物屋以外は入れなかったが、螺旋階段で城壁に上ると、リュブリャナ市内を見下ろせた。
城から下りると、「スロベニアの丹下健三」とでも言えるヨジェ・プレチニクが建てた建物を見て回ることにした。街の中心にある三本橋など戦前に完成したリュブリャナの名所の多くを手掛けたという。その一つでもある国立大学図書館の前で親子連れに解説していた英語ガイドの話に聞き耳を立てると「現代スロベニアでもっとも偉大な建築家です」と話していた。
デパートMaxiの向かいにある国会議事堂も面白い玄関になっている。国会といっても、9月に選挙のあった下院は定数90で都議会よりも少ない規模なので、建物もそれ相応の大きさ。
空港までは駅から28番のバスで45分程度と「地球の歩き方」に書いてあったが、雨のせいもあってか1時間以上かかった。
***
ホテルを出発し、徒歩でリュブリャナ城に上る。朝市の開かれている川沿いの広場を通り抜け、急勾配の細い道を歩いた(この坂道の場所がちょっと分かりにくかった)。改修中でレストランや土産物屋以外は入れなかったが、螺旋階段で城壁に上ると、リュブリャナ市内を見下ろせた。
城から下りると、「スロベニアの丹下健三」とでも言えるヨジェ・プレチニクが建てた建物を見て回ることにした。街の中心にある三本橋など戦前に完成したリュブリャナの名所の多くを手掛けたという。その一つでもある国立大学図書館の前で親子連れに解説していた英語ガイドの話に聞き耳を立てると「現代スロベニアでもっとも偉大な建築家です」と話していた。
国立大学図書館
デパートMaxiの向かいにある国会議事堂も面白い玄関になっている。国会といっても、9月に選挙のあった下院は定数90で都議会よりも少ない規模なので、建物もそれ相応の大きさ。
国会議事堂
空港までは駅から28番のバスで45分程度と「地球の歩き方」に書いてあったが、雨のせいもあってか1時間以上かかった。
***
リュブリャナ空港の出発ロビーは無料の公衆無線LANが使えて便利。Schweppesを飲みながらipod touchでメールのチェックができた。この日は昼過ぎから雨が降り出し、空港へ向かう途中には夕立のような勢いだったが、離陸時には雨も止み、雲の切れ間から夕日が射し込んだ。ただ、名峰トリグラフ山はついに見ることができなかった。
2008年10月2日木曜日
ブレッド湖
早起きしてリュブリャナ駅8時発のバスで近郊のブレッド湖へ。1時間半程度で到着した。天気が良ければユリアンアルプスの名峰トリグラフ山を望めるそうだが、残念ながら今日も曇り。小雨も時折パラついたが、波立つことのない静かな湖面を眺めているだけで癒される。
バス停から坂を下り湖畔を歩くとボート乗り場で客引きをしていたので、早速乗り込んだ。湖に浮かぶ小島への往復で12ユーロ。「歩き方」には10ユーロと書いてあったので値上がりしたようだ。島には30分滞在して同じ漕ぎ手のボートで帰ってくる仕組み。
小島のほかに崖の上に立つ城もブレッド湖の見所。ランチで入ったレストラン「ムルカ」でウェイターに頂上まで何分掛かるか聞いたら、「ここから15分ぐらい」と言われたので歩いて上ることにした。 以前、山形県の山寺に上ったことがあるけれど、それよりはきつくない程度です。登山口は民家の脇から始まっていてちょっと分かりにくい。登山口から頂上までは10分ぐらいだった。
約100メートルの高さに建つ城からは、ユリアンアルプスが見えるはずなのだが・・・。遠くはもやっていて、どこに山脈があるのかも分からなかった。それでも、紅葉を始めた木々に囲まれた湖を見下ろすだけで十分満足です。
バス停から坂を下り湖畔を歩くとボート乗り場で客引きをしていたので、早速乗り込んだ。湖に浮かぶ小島への往復で12ユーロ。「歩き方」には10ユーロと書いてあったので値上がりしたようだ。島には30分滞在して同じ漕ぎ手のボートで帰ってくる仕組み。
小島のほかに崖の上に立つ城もブレッド湖の見所。ランチで入ったレストラン「ムルカ」でウェイターに頂上まで何分掛かるか聞いたら、「ここから15分ぐらい」と言われたので歩いて上ることにした。 以前、山形県の山寺に上ったことがあるけれど、それよりはきつくない程度です。登山口は民家の脇から始まっていてちょっと分かりにくい。登山口から頂上までは10分ぐらいだった。
約100メートルの高さに建つ城からは、ユリアンアルプスが見えるはずなのだが・・・。遠くはもやっていて、どこに山脈があるのかも分からなかった。それでも、紅葉を始めた木々に囲まれた湖を見下ろすだけで十分満足です。
2008年10月1日水曜日
リュブリャナに到着
時間通り17時に首都リュブリャナ到着。こじんまりとしたリュブリャナ駅の駅舎にちょっとがっかり。天気は相変わらず曇りのままだけれど、日はまだ暮れていない。気温は通りの温度計で16℃と表示されていたものの、肌寒いほどではなかった。
ホテルは駅のバスターミナル前の道をまっすぐ5分程度進んだところにある「シティホテル・リュブリャナ」。「歩き方」によると、07年10月に増築工事が完了したばかりだとか。
チェックインした後、街中を歩いてみたが、適当なレストランが中々見当たらない。バスターミナルでブレッド湖行きバスの時刻表を確認してから、駅前のファーストフード店に入った。ćevapčići(cevapcici)という細長いスパイシーな肉団子10個ぐらいをパンではさんだものを注文する。トルコ料理でも似たような肉団子を食べたことがある。3、4個ならおいしいけれど、10個近く入っていると途中で飽きがくる。ファーストフード店なのに、支払いは食べ終わった後にカウンターでという変わったスタイル。
私以外の地元客はほぼ全員がBurek(ブレック)というナンのようなパンだけを食べていた。生地の中にいろいろ詰め込んであるようだが、味気ない感じがして試すのを躊躇した。
ところで、スロベニアの夜の街路は妙に暗い。日没後に三本橋のある広場などを見て回ったが、日本の都市部の夜と比べたら、ほとんど真っ暗と言っても言い過ぎではないほど暗い。それだけ治安が良いということなのか。
ホテルは駅のバスターミナル前の道をまっすぐ5分程度進んだところにある「シティホテル・リュブリャナ」。「歩き方」によると、07年10月に増築工事が完了したばかりだとか。
チェックインした後、街中を歩いてみたが、適当なレストランが中々見当たらない。バスターミナルでブレッド湖行きバスの時刻表を確認してから、駅前のファーストフード店に入った。ćevapčići(cevapcici)という細長いスパイシーな肉団子10個ぐらいをパンではさんだものを注文する。トルコ料理でも似たような肉団子を食べたことがある。3、4個ならおいしいけれど、10個近く入っていると途中で飽きがくる。ファーストフード店なのに、支払いは食べ終わった後にカウンターでという変わったスタイル。
私以外の地元客はほぼ全員がBurek(ブレック)というナンのようなパンだけを食べていた。生地の中にいろいろ詰め込んであるようだが、味気ない感じがして試すのを躊躇した。
ところで、スロベニアの夜の街路は妙に暗い。日没後に三本橋のある広場などを見て回ったが、日本の都市部の夜と比べたら、ほとんど真っ暗と言っても言い過ぎではないほど暗い。それだけ治安が良いということなのか。
ピラン
トリエステの屋内バスターミナルを朝9時に出発し、スロベニアの港町ピランまでは1時間強。スロベニアはEU加盟国なので、国境を越えるときも何のチェックもないから、いつスロベニアに入ったのかもよく分からないほど。アドリア海沿岸を走る景勝コースなのに、曇り空のため海の色は抜けるような青とはいかなかった。
車窓を眺めていると、携帯が鳴った。昨日ヴェネチアで分かれ、ベルリンへ向かったTKさんからで、私がちゃんとスロベニア入りしているか気にしていてくれたようだ。
日本の携帯電話をそのまま使えるのだから本当に便利になったものです。携帯のメールや携帯用のニュース速報も普通に受信できる。後は高額なローミングの料金体系が変わってくれれば言うことなしなのですが。
ピランのバス停の周りにはコインロッカーがあるわけもなく、スーツケースを転がしながら中心部へ歩く。ホテルに泊まるわけでもないし、どうしたものかとタルティーニエフ広場のインフォメーションセンターで相談すると、「17時までここに置いておいていいですよ」と預かってくれた。
小さな町なので、歩き回るだけなら数時間で名所を一通り見ることができる。首都リュブリャナ行きのバスは14時5分発で、滞在時間は約4時間しかなかったけれど、大体散策できた。ロンリープラネットの「Eastern Europe」で、マリーナ近くのCafe TeaterがスロベニアのTOP FIVE CAFEの一つとして紹介してあったが、そこは通り過ぎるだけにして、Stara Gostilnaというレストランに入った。
ピラン湾沿いのプレシェルノヴォ通りを灯台まで歩くコースと、聖ユーリ教会がある丘を登るコース、城壁まで坂道を歩くコースが散歩の主な見所。
バスにスーツケースを預けてから、トイレを借りるためにバス停の隣のカフェに入った。キウイバナナジュースを飲んだ後、ネットのできるPCが置いてあったので、Gmailをチェックしたら、友人のquent氏がログインしていた。こちら時間の14時前だったから、日本は21時前ということか。日本語は文字化けだったので、しばらくローマ字でチャットしてみた。
車窓を眺めていると、携帯が鳴った。昨日ヴェネチアで分かれ、ベルリンへ向かったTKさんからで、私がちゃんとスロベニア入りしているか気にしていてくれたようだ。
日本の携帯電話をそのまま使えるのだから本当に便利になったものです。携帯のメールや携帯用のニュース速報も普通に受信できる。後は高額なローミングの料金体系が変わってくれれば言うことなしなのですが。
ピランのバス停の周りにはコインロッカーがあるわけもなく、スーツケースを転がしながら中心部へ歩く。ホテルに泊まるわけでもないし、どうしたものかとタルティーニエフ広場のインフォメーションセンターで相談すると、「17時までここに置いておいていいですよ」と預かってくれた。
小さな町なので、歩き回るだけなら数時間で名所を一通り見ることができる。首都リュブリャナ行きのバスは14時5分発で、滞在時間は約4時間しかなかったけれど、大体散策できた。ロンリープラネットの「Eastern Europe」で、マリーナ近くのCafe TeaterがスロベニアのTOP FIVE CAFEの一つとして紹介してあったが、そこは通り過ぎるだけにして、Stara Gostilnaというレストランに入った。
ピラン湾沿いのプレシェルノヴォ通りを灯台まで歩くコースと、聖ユーリ教会がある丘を登るコース、城壁まで坂道を歩くコースが散歩の主な見所。
バスにスーツケースを預けてから、トイレを借りるためにバス停の隣のカフェに入った。キウイバナナジュースを飲んだ後、ネットのできるPCが置いてあったので、Gmailをチェックしたら、友人のquent氏がログインしていた。こちら時間の14時前だったから、日本は21時前ということか。日本語は文字化けだったので、しばらくローマ字でチャットしてみた。
2008年9月30日火曜日
トリエステ
予定を数時間遅れて到着したトリエステ。国際線バスターミナルは中央駅のすぐ隣にあるのだが、はっきりした標識が見当たらず、探すのに時間が掛かってしまった。おかげでスロベニアの港町ピラン行きの最終バスを逃すことに。コーペルという町行きの最終バスは午後7時発、午後8時着だったが、現地でホテルが見つからないと悲惨なので、トリエステに泊まることにした。駅前を探し、3軒目の「ホテル・ミラノ」でようやく空き部屋が見つかった。1泊80ユーロの三つ星。
夕飯は11月3日通りのリストランテ「エレファンテ・ビアンコ」で。午後7時前に突然、小雨が降ってきたのでそこに飛び込んだ。食事中に雨脚は激しくなったものの、帰る頃には小降りになったので濡れずに済んだが、まるで「ゲリラ豪雨」のよう。
今日は散々だったが、このリストランテの味は最高で、「トリエステで足止めをくって良かったな」とさえ思えた。第1皿はトマトソースのスパゲティ、第2皿は白身魚の蒸し焼きを頼んだ。最後にホームメイドデザートを注文したら、20個ぐらいのブルーベリーを載せたジンジャープリンが出てきた。どれも良かったが、スパゲティは今まで食べたスパゲティの中で一番と言ってもいいぐらいおいしかった。ヨーロッパではチップを払ったことがなかったが、ここでは心ばかりのチップを置いておいた。
ところで、帰国してから買った須賀敦子のエッセイを読んでいたら、会話の中で「ホテル・ミラノ」の名前が出てきた。須賀さんが泊まったわけではなく、チラッと出てくるだけですが、ちょっと嬉しくなる。ホテルで荷物を下ろしたら、日が暮れる前に観光をしようと中心部へ急いだ。「11月3日通り」という小洒落た名前の道を5、6分歩くと港に面したウニタ・ディタリア広場に出る。
夕飯は11月3日通りのリストランテ「エレファンテ・ビアンコ」で。午後7時前に突然、小雨が降ってきたのでそこに飛び込んだ。食事中に雨脚は激しくなったものの、帰る頃には小降りになったので濡れずに済んだが、まるで「ゲリラ豪雨」のよう。
今日は散々だったが、このリストランテの味は最高で、「トリエステで足止めをくって良かったな」とさえ思えた。第1皿はトマトソースのスパゲティ、第2皿は白身魚の蒸し焼きを頼んだ。最後にホームメイドデザートを注文したら、20個ぐらいのブルーベリーを載せたジンジャープリンが出てきた。どれも良かったが、スパゲティは今まで食べたスパゲティの中で一番と言ってもいいぐらいおいしかった。ヨーロッパではチップを払ったことがなかったが、ここでは心ばかりのチップを置いておいた。
ヴェネチアからトリエステへ
サンタルチア駅前のモニュメント
昨日ヴェネチアで合流したばかりの友人TKさんと別れ、イタリアの東端トリエステ経由で隣国のスロベニアへ向かう。ヴェネチア・サンタルチア駅を出発です。
観光客で賑わう駅前
イタリアからスロベニアには直通列車があると思い込んでいたが、実は夜行列車の1本だけしか走っていない。私とは逆方向の旅程でスロベニアの首都リュブリャナからヴェネチアにやってきたTKさんが教えてくれた。「会津只見線のようなローカル線を乗り継ぐか、バスを使うしかないよ」。
地球の歩き方の「クロアチア・スロヴェニア」にも載っているが、イタリア東端の都市トリエステから旧ユーゴスラビア方面へ国際バスが出ている。ただ、歩き方にはスロベニア側の時刻表だけで、トリエステ発の時刻表は出ていなかった。行けば分かるさという感じ。
午後2時56分にトリエステに到着する予定だったので、時間の余裕はあるだろうと高をくくっていたのに、列車が行程の半分も進んでいないところで、駅に停車したまま立ち往生してしまった。イタリア語のアナウンスしか流れなかったので何が起きたのかよく分からなかったが、乗客全員が猛烈な勢いで降りたので、とにかく後に続いた。デッキで隣にいたトロント出身のイタリア系カナダ人に聞いたら、「列車が故障した」と教えてくれた。彼女はいとこの結婚式のためにイタリアを訪問し、3週間旅行しているという。
ウディーネ駅にて
乗り換えた列車はウディーネ駅止まりで、また別の列車に乗り換えなくてはならず、トリエステには結局、3時間遅れの午後5時ごろに到着した。
2008年9月29日月曜日
リド島
サンマルコ広場を通り抜けた先の埠頭から水上バスに乗ってリド島へ。世界三大映画祭、ヴェネチア映画祭が1カ月前に開催されたばかりである。今年は、宮崎駿の「崖の上のポニョ」など日本の3作品がコンペティション部門にノミネートされ注目された。水上バスを降りると、ダースベーダーの石像がお出迎えしてくれる。映画祭の舞台ということもあるのか、ベーダー卿以外にも、寝っ転がる牛の像とか宇宙人のような彫像など奇抜なモニュメントが街路におもむろに展示されていて楽しませてくれる。
TKさんによると、この島は映画「ベニスに死す」の舞台になったとか。不動産屋の壁に貼ってあったチラシを見ると、数千万円の物件が並んでいた。チラシを覗き込んでいたTKさんと「こんなところに住んだら退屈しますかねえ」などと話ながら、浜辺へ歩いた。
シーズンには海水浴場として賑わうらしいが、さすがに暖かいと言っても9月下旬である。泳いでいる人はほとんどいなかった。ヴェネチアというと水路の張り巡らされた狭苦しいところというイメージだったので、開放的な浜辺が逆に印象的だった。
映画祭の会場と思われるところまで歩いてから、水上バスの発着場へ戻った。
TKさんによると、この島は映画「ベニスに死す」の舞台になったとか。不動産屋の壁に貼ってあったチラシを見ると、数千万円の物件が並んでいた。チラシを覗き込んでいたTKさんと「こんなところに住んだら退屈しますかねえ」などと話ながら、浜辺へ歩いた。
シーズンには海水浴場として賑わうらしいが、さすがに暖かいと言っても9月下旬である。泳いでいる人はほとんどいなかった。ヴェネチアというと水路の張り巡らされた狭苦しいところというイメージだったので、開放的な浜辺が逆に印象的だった。
映画祭の会場と思われるところまで歩いてから、水上バスの発着場へ戻った。
ヴェネツィアへ
ミラノ駅での乗り換え時間はわずかに5分。乗り遅れたらどうしようと思ったら、目的の列車は隣のホームに止まっていた。
昼前にヴェネツィア・サンタルチア駅に到着後、トリエステ方面からやってくる友人のTKさんとホームで待ち合わせをした。海外勤務中のTKさんに会うのは半年ぶりだ。この日は携帯電話で連絡を取り合ったり、ローマ字のSMSを送ったりしたので、ホームで再会しても、外国で会っているという感じがしなかった。
ホテルを決め、昼食を食べてから、サンマルコ広場へ向かった。 Tシャツでも十分という日差しもあってか、もう秋だというのにもの凄い人出。8年以上前に訪れたときに食べた、広場隅のジェラート屋(左奥の建物の1階)で絶品のティラミスのジェラートを食べた。味は変わっていなかったと思う。
ヨーロッパで町歩きをしていて一番困るのがトイレ。この日も路地裏にある公衆便所にたどり着くのが大変だった。まあ、食事をした際にレストランで入ればいいのだけれど。
サンタルチア駅
昼前にヴェネツィア・サンタルチア駅に到着後、トリエステ方面からやってくる友人のTKさんとホームで待ち合わせをした。海外勤務中のTKさんに会うのは半年ぶりだ。この日は携帯電話で連絡を取り合ったり、ローマ字のSMSを送ったりしたので、ホームで再会しても、外国で会っているという感じがしなかった。
サンマルコ広場
ホテルを決め、昼食を食べてから、サンマルコ広場へ向かった。 Tシャツでも十分という日差しもあってか、もう秋だというのにもの凄い人出。8年以上前に訪れたときに食べた、広場隅のジェラート屋(左奥の建物の1階)で絶品のティラミスのジェラートを食べた。味は変わっていなかったと思う。
ヨーロッパで町歩きをしていて一番困るのがトイレ。この日も路地裏にある公衆便所にたどり着くのが大変だった。まあ、食事をした際にレストランで入ればいいのだけれど。
2008年9月28日日曜日
ミラノ行き夜行列車
フランクフルト中心部のにぎやかなオーストラリア料理店でカンガルーのステーキを食べてから、中央駅へ向かった。次の目的地はヴェネツィアです。
午後11時前、Dに見送られ、フランクフルト中央駅からミラノ行きの夜行列車が10分遅れで出発した。発車ベルもなく、突然ドアが閉まり列車が動き出すのはいつものことだ。6人用クシェットは私のほか、ドイツ人と中国人の女性だった。クシェットやコンパートメントは男女別でチケットを販売していないらしい。
私の寝床は3段式の下段だった。スーツケースはベッドとベッドの間に起き、リュックは枕元に置いた。夜行列車でいつも困るのが、メガネ置き場。普段使うことのないメガネケースを持ってくるのを忘れてしまうから。
10分遅れで出発した理由を警察の捜査とアナウンスしていたので、爆弾テロの脅迫でもあったのかと思ったが、同室のドイツ人女性は「ドラッグじゃないかしら。この列車はオランダから来ているから」と教えてくれた。この女性は「国境を越えるエンジニア」のメンバーで会議のためフィレンツェに行くと言っていた。
EU外のスイスを通過することからパスポートを車掌に預け、それから消灯時間がやってくると布団をかぶって横になった。DにSMSを送り、それからすぐに寝ることができた。
***
午後11時前、Dに見送られ、フランクフルト中央駅からミラノ行きの夜行列車が10分遅れで出発した。発車ベルもなく、突然ドアが閉まり列車が動き出すのはいつものことだ。6人用クシェットは私のほか、ドイツ人と中国人の女性だった。クシェットやコンパートメントは男女別でチケットを販売していないらしい。
旅の本質がどこにあるかはともかく、夜、見知らぬ町へ、宿もさだめずに移動しつつある時間にもっとも旅の旅らしい感慨をもよおす。8年前にユーレイルパスで初めてヴェネツィア〜ウィーン間の夜行列車に乗って以来、旅情を掻き立てるこの移動手段が好きだ。ホテル代も込みと考えれば、ヴェネツィアまでの150ユーロは高くはないと思う。
つまりすべての帰属感からの解放である。
(中略)
旅は楽しいものだ。しかし、夜遅く、ガランとほとんど乗客のいない列車の窓にもたれて過ぎていく景色を眺めていると、たまに見える人家の灯がひどく暖かくおもわれる。(玉村豊男「東欧・旅の雑学ノート」)
私の寝床は3段式の下段だった。スーツケースはベッドとベッドの間に起き、リュックは枕元に置いた。夜行列車でいつも困るのが、メガネ置き場。普段使うことのないメガネケースを持ってくるのを忘れてしまうから。
10分遅れで出発した理由を警察の捜査とアナウンスしていたので、爆弾テロの脅迫でもあったのかと思ったが、同室のドイツ人女性は「ドラッグじゃないかしら。この列車はオランダから来ているから」と教えてくれた。この女性は「国境を越えるエンジニア」のメンバーで会議のためフィレンツェに行くと言っていた。
EU外のスイスを通過することからパスポートを車掌に預け、それから消灯時間がやってくると布団をかぶって横になった。DにSMSを送り、それからすぐに寝ることができた。
アシャッフェンブルク
Dの運転でフランクフルト郊外のアシャッフェンブルクを訪れた。マイン川の川べりに建つヨハニスブルク城が美しい。日曜日だったけれど、観光客の姿を至る所で見掛けた。中心街のブランドショップや店舗はほとんど閉まっていたが、それでもウインドーショッピングを楽しんでいた。
「地球の歩き方」には「フランケン・ワインのワイン・レストランがあり、美食家たちを満足させている」と書いてあるが、どうだろう。ロケーションは確かに良かったけれど・・・。
中心街のはずれに位置する公園を散策していたとき、リスを眺めていたら、エスプリの黒い鞄を持った身なりのいいおじいさんにドイツ語で話掛けられた。Dによると、「わしはこの公園の植物の名前のラテン語名を全て知っておるのじゃ」などと言っていた。突然、木の葉を千切り、次から次へと植物の解説を続けたので閉口した。化学の教師(教授?)だったというが、なぜわれわれに話し掛けてきたのか分からなかった。
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2008年9月27日土曜日
ウォルムス
フランクフルト郊外在住のDの案内で、ウォルムスへ。聖職叙任権闘争を終結させた「ウォルムス協約」(1122年)で知られる都市だ。世界史の教科書的に言うと、神聖ローマ皇帝とローマ教皇が、高級聖職者の任命権をめぐって衝突し、この協約で教皇権の優位が確立した。「カノッサの屈辱」とかそんな頃の話です。
16世紀の「宗教改革」でも有名で、神聖ローマ皇帝カール5世が当地で帝国議会を招集し、改革派のルターを召喚。自説を撤回することを求めたが、ルターはそれを拒否する。そんな歴史的な経緯もあり、街の広場にはルターの記念像が建っている。
ロマネスク様式の大聖堂を中心としたこじんまりとした街だったが、印象に残ったのは、スポンサーの宣伝が入ったカラフルな恐竜の彫像。街のあちこちに展示してあって目を引いた。
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2008年9月23日火曜日
Germany, Italy and Slovenia
今年の夏休みはドイツ経由でイタリア・スロベニア方面を旅行することにしました。旅程は9月26日から10月3日までで、列車で以下のようなコースを辿ります。
フランクフルト→ヴェネツィア→トリエステ→ピラン→リュブリャナ
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フランクフルト→ヴェネツィア→トリエステ→ピラン→リュブリャナ
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