2008年12月11日木曜日
カラトラバの橋@ヴェネチア
今夏ヴェネチアを訪問した際、サンマルコ駅とバスターミナルを結ぶ妙に現代的な橋が気になりました。場にそぐわない雰囲気だったからです。「カラトラバ風」だなと思っていましたが、最近、本当に建築家サンティアゴ・カラトラバ氏の設計だと分かりました。9月にオープンしたというから、私が訪問したのは開通直後だったようです。
景観論争があり、開通式が中止になったそうです。でも、いずれはポンピドゥーセンターやルーブル博物館のピラミッドのように観光名所になるかもしれません。
2008年10月12日日曜日
2008年9月30日火曜日
トリエステ
予定を数時間遅れて到着したトリエステ。国際線バスターミナルは中央駅のすぐ隣にあるのだが、はっきりした標識が見当たらず、探すのに時間が掛かってしまった。おかげでスロベニアの港町ピラン行きの最終バスを逃すことに。コーペルという町行きの最終バスは午後7時発、午後8時着だったが、現地でホテルが見つからないと悲惨なので、トリエステに泊まることにした。駅前を探し、3軒目の「ホテル・ミラノ」でようやく空き部屋が見つかった。1泊80ユーロの三つ星。
夕飯は11月3日通りのリストランテ「エレファンテ・ビアンコ」で。午後7時前に突然、小雨が降ってきたのでそこに飛び込んだ。食事中に雨脚は激しくなったものの、帰る頃には小降りになったので濡れずに済んだが、まるで「ゲリラ豪雨」のよう。
今日は散々だったが、このリストランテの味は最高で、「トリエステで足止めをくって良かったな」とさえ思えた。第1皿はトマトソースのスパゲティ、第2皿は白身魚の蒸し焼きを頼んだ。最後にホームメイドデザートを注文したら、20個ぐらいのブルーベリーを載せたジンジャープリンが出てきた。どれも良かったが、スパゲティは今まで食べたスパゲティの中で一番と言ってもいいぐらいおいしかった。ヨーロッパではチップを払ったことがなかったが、ここでは心ばかりのチップを置いておいた。
ところで、帰国してから買った須賀敦子のエッセイを読んでいたら、会話の中で「ホテル・ミラノ」の名前が出てきた。須賀さんが泊まったわけではなく、チラッと出てくるだけですが、ちょっと嬉しくなる。ホテルで荷物を下ろしたら、日が暮れる前に観光をしようと中心部へ急いだ。「11月3日通り」という小洒落た名前の道を5、6分歩くと港に面したウニタ・ディタリア広場に出る。
夕飯は11月3日通りのリストランテ「エレファンテ・ビアンコ」で。午後7時前に突然、小雨が降ってきたのでそこに飛び込んだ。食事中に雨脚は激しくなったものの、帰る頃には小降りになったので濡れずに済んだが、まるで「ゲリラ豪雨」のよう。
今日は散々だったが、このリストランテの味は最高で、「トリエステで足止めをくって良かったな」とさえ思えた。第1皿はトマトソースのスパゲティ、第2皿は白身魚の蒸し焼きを頼んだ。最後にホームメイドデザートを注文したら、20個ぐらいのブルーベリーを載せたジンジャープリンが出てきた。どれも良かったが、スパゲティは今まで食べたスパゲティの中で一番と言ってもいいぐらいおいしかった。ヨーロッパではチップを払ったことがなかったが、ここでは心ばかりのチップを置いておいた。
ヴェネチアからトリエステへ
サンタルチア駅前のモニュメント
昨日ヴェネチアで合流したばかりの友人TKさんと別れ、イタリアの東端トリエステ経由で隣国のスロベニアへ向かう。ヴェネチア・サンタルチア駅を出発です。
観光客で賑わう駅前
イタリアからスロベニアには直通列車があると思い込んでいたが、実は夜行列車の1本だけしか走っていない。私とは逆方向の旅程でスロベニアの首都リュブリャナからヴェネチアにやってきたTKさんが教えてくれた。「会津只見線のようなローカル線を乗り継ぐか、バスを使うしかないよ」。
地球の歩き方の「クロアチア・スロヴェニア」にも載っているが、イタリア東端の都市トリエステから旧ユーゴスラビア方面へ国際バスが出ている。ただ、歩き方にはスロベニア側の時刻表だけで、トリエステ発の時刻表は出ていなかった。行けば分かるさという感じ。
午後2時56分にトリエステに到着する予定だったので、時間の余裕はあるだろうと高をくくっていたのに、列車が行程の半分も進んでいないところで、駅に停車したまま立ち往生してしまった。イタリア語のアナウンスしか流れなかったので何が起きたのかよく分からなかったが、乗客全員が猛烈な勢いで降りたので、とにかく後に続いた。デッキで隣にいたトロント出身のイタリア系カナダ人に聞いたら、「列車が故障した」と教えてくれた。彼女はいとこの結婚式のためにイタリアを訪問し、3週間旅行しているという。
ウディーネ駅にて
乗り換えた列車はウディーネ駅止まりで、また別の列車に乗り換えなくてはならず、トリエステには結局、3時間遅れの午後5時ごろに到着した。
2008年9月29日月曜日
リド島
サンマルコ広場を通り抜けた先の埠頭から水上バスに乗ってリド島へ。世界三大映画祭、ヴェネチア映画祭が1カ月前に開催されたばかりである。今年は、宮崎駿の「崖の上のポニョ」など日本の3作品がコンペティション部門にノミネートされ注目された。水上バスを降りると、ダースベーダーの石像がお出迎えしてくれる。映画祭の舞台ということもあるのか、ベーダー卿以外にも、寝っ転がる牛の像とか宇宙人のような彫像など奇抜なモニュメントが街路におもむろに展示されていて楽しませてくれる。
TKさんによると、この島は映画「ベニスに死す」の舞台になったとか。不動産屋の壁に貼ってあったチラシを見ると、数千万円の物件が並んでいた。チラシを覗き込んでいたTKさんと「こんなところに住んだら退屈しますかねえ」などと話ながら、浜辺へ歩いた。
シーズンには海水浴場として賑わうらしいが、さすがに暖かいと言っても9月下旬である。泳いでいる人はほとんどいなかった。ヴェネチアというと水路の張り巡らされた狭苦しいところというイメージだったので、開放的な浜辺が逆に印象的だった。
映画祭の会場と思われるところまで歩いてから、水上バスの発着場へ戻った。
TKさんによると、この島は映画「ベニスに死す」の舞台になったとか。不動産屋の壁に貼ってあったチラシを見ると、数千万円の物件が並んでいた。チラシを覗き込んでいたTKさんと「こんなところに住んだら退屈しますかねえ」などと話ながら、浜辺へ歩いた。
シーズンには海水浴場として賑わうらしいが、さすがに暖かいと言っても9月下旬である。泳いでいる人はほとんどいなかった。ヴェネチアというと水路の張り巡らされた狭苦しいところというイメージだったので、開放的な浜辺が逆に印象的だった。
映画祭の会場と思われるところまで歩いてから、水上バスの発着場へ戻った。
ヴェネツィアへ
ミラノ駅での乗り換え時間はわずかに5分。乗り遅れたらどうしようと思ったら、目的の列車は隣のホームに止まっていた。
昼前にヴェネツィア・サンタルチア駅に到着後、トリエステ方面からやってくる友人のTKさんとホームで待ち合わせをした。海外勤務中のTKさんに会うのは半年ぶりだ。この日は携帯電話で連絡を取り合ったり、ローマ字のSMSを送ったりしたので、ホームで再会しても、外国で会っているという感じがしなかった。
ホテルを決め、昼食を食べてから、サンマルコ広場へ向かった。 Tシャツでも十分という日差しもあってか、もう秋だというのにもの凄い人出。8年以上前に訪れたときに食べた、広場隅のジェラート屋(左奥の建物の1階)で絶品のティラミスのジェラートを食べた。味は変わっていなかったと思う。
ヨーロッパで町歩きをしていて一番困るのがトイレ。この日も路地裏にある公衆便所にたどり着くのが大変だった。まあ、食事をした際にレストランで入ればいいのだけれど。
サンタルチア駅
昼前にヴェネツィア・サンタルチア駅に到着後、トリエステ方面からやってくる友人のTKさんとホームで待ち合わせをした。海外勤務中のTKさんに会うのは半年ぶりだ。この日は携帯電話で連絡を取り合ったり、ローマ字のSMSを送ったりしたので、ホームで再会しても、外国で会っているという感じがしなかった。
サンマルコ広場
ホテルを決め、昼食を食べてから、サンマルコ広場へ向かった。 Tシャツでも十分という日差しもあってか、もう秋だというのにもの凄い人出。8年以上前に訪れたときに食べた、広場隅のジェラート屋(左奥の建物の1階)で絶品のティラミスのジェラートを食べた。味は変わっていなかったと思う。
ヨーロッパで町歩きをしていて一番困るのがトイレ。この日も路地裏にある公衆便所にたどり着くのが大変だった。まあ、食事をした際にレストランで入ればいいのだけれど。
2007年10月25日木曜日
20年目の再訪
フィレンツェ旧市街南部の丘の上に立つサン・ミニアート・アル・モンテ教会前の広場からの眺望は素晴らしい。ベージュ系統で統一された別荘、緑の糸杉と紅葉した木々の並木道、そしてオリーブの丘の先にフィレンツェの市街が広がっている。しばらく絶景を見ながらメモを書いていると、アメリカ人の老夫婦に「写真を撮って」と頼まれた。
(サン・ミニアート・アル・モンテ教会)
「素晴らしい眺めですね」と私が言うと、奥さんは「20年前にも同じ場所で写真を撮ったのよ。とても若かったわ」と微笑んだ。通りに抜ける階段を下りながら教会の方を振り返ると、2人はずっと同じ場所に佇んでいた。
中心部からアル・モンテ教会までの道のりは長かった。町の真ん中を流れるアルノ川に掛かるフィレンツェ最古のヴェッキオ橋を渡り、ピッティ宮の裏山というか丘を登って行ったのだが、本当は有名な展望台ミケランジェロ広場を目指していた。ところが途中で道を間違えてしまったのである。急に観光客風の人たちが前にも後ろにも見えなくなったので、歩いているうちに不安になったが、案の定、丘を登りすぎてしまったようだった。
(ピッティ宮の裏山を登る)
ヴェルベデーレ要塞の入り口ところで左折するべきなのに、そのままサン・レオナルド通 りを直進してしまったのがいけなかった。昼食を食べたヴェッキオ橋近くのトラットリア「カミーノ」を出発してから2時間近く掛かった。その代わり、サン・ ミニアート・アル・モンテ教会やミケランジェロ広場よりもさらに高いところからフィレンツェの全景を眺めることができた。
2007年10月23日火曜日
フィレンツェに到着
宿泊だけのボローニャから列車に乗って約1時間。最終目的地のフィレンツェに到着した。ホテルは駅前を歩き、2軒目に入った3つ星の「エリーナ」 に(3泊225ユーロ)。無線LANやADSLの室内設備はなかったけれど、ロビン・ウィリアムス似のフロントのおじさんは「インタルネット、OK」と言い、フロントにあったPC用の回線を使わせてくれるというので決めた。古い建物の3階部分をホテルに改装したペンションのようなスタイルで、2階部分にも別のホテルが入っている。格子状の扉の年季の入ったエレベーターの周りを階段が螺旋状に上っているような建物だ。

(エレベーター)
午前中はぶらぶらと散策をしていたら、ウフィツィ美術館で「翌日チケット」の予約販売をしていたので、窓口に5分ぐらい並んで購入した(13ユーロ)。日本で事前予約をしてこなかったから、長時間並ぶのも覚悟していたけどラッキーだった。「地球の歩き方」には2時間待つことも少なくないと書いてあり、往時のディズ ニーランド状態らしい。この美術館で最も有名な作品は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」。その他、「春」とかミケランジェロの「聖家族」などが展示されている。
夕方、フィレンツェのシンボルとも言えるドゥオーモ(大聖堂)を登りに行く。ドゥオーモの丸屋根をクーポラというそうで、世界史の教科書にも出てくるブルネレスキが完成させた。クーポラは辻仁成と江國香織の合作小説「冷静と情熱のあいだ」の舞台ともなった。小説は読んでいないが、映画はテレビで見た。階段が500段以上あるといい、これは結構きついが、屋上からの360度の眺めは絶景。映画のスタッフはカメラを担いでこんなところまでよく登ったものである。
ところで、町中の露店でピノキオの操り人形をよく見るなと思ったら、作者のカルロ・ロレンツィーニはフィレンツェの生まれだとか。本場のピノキオはディズニーのとデザインがだいぶ違い、素朴で間延びした感じ。
(エレベーター)
午前中はぶらぶらと散策をしていたら、ウフィツィ美術館で「翌日チケット」の予約販売をしていたので、窓口に5分ぐらい並んで購入した(13ユーロ)。日本で事前予約をしてこなかったから、長時間並ぶのも覚悟していたけどラッキーだった。「地球の歩き方」には2時間待つことも少なくないと書いてあり、往時のディズ ニーランド状態らしい。この美術館で最も有名な作品は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」。その他、「春」とかミケランジェロの「聖家族」などが展示されている。
夕方、フィレンツェのシンボルとも言えるドゥオーモ(大聖堂)を登りに行く。ドゥオーモの丸屋根をクーポラというそうで、世界史の教科書にも出てくるブルネレスキが完成させた。クーポラは辻仁成と江國香織の合作小説「冷静と情熱のあいだ」の舞台ともなった。小説は読んでいないが、映画はテレビで見た。階段が500段以上あるといい、これは結構きついが、屋上からの360度の眺めは絶景。映画のスタッフはカメラを担いでこんなところまでよく登ったものである。
ところで、町中の露店でピノキオの操り人形をよく見るなと思ったら、作者のカルロ・ロレンツィーニはフィレンツェの生まれだとか。本場のピノキオはディズニーのとデザインがだいぶ違い、素朴で間延びした感じ。
2007年10月21日日曜日
ラヴェンナの土地
ラヴェンナは「歩き方」に載っていたアルジェンタリオという3つ星のホテル。駅から5分というが、もうちょっとあるかな。ガタガタとスーツケースを引くのにも慣れてきた。「フロントも親切」と書いてあったが、英語がほとんどしゃべれない無口なあんちゃんが1人。ネット環境はなさそうだ。
ホテルでは休まないでサン・ヴィターレ教会へ直行。教科書にも載ってる(多分)有名なモザイク画を見た。これまであんまり教会に興味を持つことはなかったが、ここの内部の雰囲気はいい。ステンドグラスが好きではないのだろうか。ここのようなモザイク模様は嫌いではない。巨大な建物ではないが、荘厳な感覚が残った。美術館等は冬時間対応になっていたようで、17時ごろにはあらかた閉館になっていた。
ところでこういう観光地にあるブランド品の店というのは、商売になるのだろうか。観光客はこんなこじんまりとしたところまで来て、ブランド品をわざわざ買うとは思えない。買うならミラノとかに行くだろう。地元の人向けなら旧市街に作る必要はあるまい。
ラヴェンナは意外に鄙びた感じだった。秋だからか。日本人も見掛けないなあと思っていたら、サン・ヴィターレ教会にツアーがやってきた。ベンチに腰掛けていたら、「スミマセン。ココニスワッテクダサイ」と突然背後から日本語が聞こえてきた。イタリア訛りの日本語を駆使する小太りのおばちゃんツアーコンダクター。発音はかなりぎこちなかったが、話す内容は文法的にもきちんとした完璧な日本語だった。どんなコースをめぐるツアーなのだろうか。フィレンツェを含んでいるのは間違いないだろう。バスで移動しているのだろうか。今はまだツアー旅行はノーサンキューである。
ただ、もう少し計画してから旅行に出た方がよかったかもしれない。
18時ごろにホテルへ一旦戻り休憩。ボローニャ駅で買った1ユーロのビスケットとミニバーのレモンソーダー。夕食は市街まで出るが、結局ホテル近くのピッツェリア。ダンテ・ピザとベイクドポテト、グレープフルーツジュース、さらにカプチーノ。ダンテはボリュームがありすぎ。イタリアはコーヒーがうまい。ミルクがうまいのかもしれない。マイケル・ダグラス似(背を低くして、腹を出した感じ)の店員に勧められるままに食後のコーヒーまで頼んでしまった。結構な額。ピザは9ユーロだったが。
夜は読書。22時には寝る。
ホテルでは休まないでサン・ヴィターレ教会へ直行。教科書にも載ってる(多分)有名なモザイク画を見た。これまであんまり教会に興味を持つことはなかったが、ここの内部の雰囲気はいい。ステンドグラスが好きではないのだろうか。ここのようなモザイク模様は嫌いではない。巨大な建物ではないが、荘厳な感覚が残った。美術館等は冬時間対応になっていたようで、17時ごろにはあらかた閉館になっていた。
ところでこういう観光地にあるブランド品の店というのは、商売になるのだろうか。観光客はこんなこじんまりとしたところまで来て、ブランド品をわざわざ買うとは思えない。買うならミラノとかに行くだろう。地元の人向けなら旧市街に作る必要はあるまい。
ラヴェンナは意外に鄙びた感じだった。秋だからか。日本人も見掛けないなあと思っていたら、サン・ヴィターレ教会にツアーがやってきた。ベンチに腰掛けていたら、「スミマセン。ココニスワッテクダサイ」と突然背後から日本語が聞こえてきた。イタリア訛りの日本語を駆使する小太りのおばちゃんツアーコンダクター。発音はかなりぎこちなかったが、話す内容は文法的にもきちんとした完璧な日本語だった。どんなコースをめぐるツアーなのだろうか。フィレンツェを含んでいるのは間違いないだろう。バスで移動しているのだろうか。今はまだツアー旅行はノーサンキューである。
ただ、もう少し計画してから旅行に出た方がよかったかもしれない。
18時ごろにホテルへ一旦戻り休憩。ボローニャ駅で買った1ユーロのビスケットとミニバーのレモンソーダー。夕食は市街まで出るが、結局ホテル近くのピッツェリア。ダンテ・ピザとベイクドポテト、グレープフルーツジュース、さらにカプチーノ。ダンテはボリュームがありすぎ。イタリアはコーヒーがうまい。ミルクがうまいのかもしれない。マイケル・ダグラス似(背を低くして、腹を出した感じ)の店員に勧められるままに食後のコーヒーまで頼んでしまった。結構な額。ピザは9ユーロだったが。
夜は読書。22時には寝る。
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