2008年9月30日火曜日

トリエステ

予定を数時間遅れて到着したトリエステ。国際線バスターミナルは中央駅のすぐ隣にあるのだが、はっきりした標識が見当たらず、探すのに時間が掛かってしまった。おかげでスロベニアの港町ピラン行きの最終バスを逃すことに。コーペルという町行きの最終バスは午後7時発、午後8時着だったが、現地でホテルが見つからないと悲惨なので、トリエステに泊まることにした。駅前を探し、3軒目の「ホテル・ミラノ」でようやく空き部屋が見つかった。1泊80ユーロの三つ星。
ところで、帰国してから買った須賀敦子のエッセイを読んでいたら、会話の中で「ホテル・ミラノ」の名前が出てきた。須賀さんが泊まったわけではなく、チラッと出てくるだけですが、ちょっと嬉しくなる。
ホテルで荷物を下ろしたら、日が暮れる前に観光をしようと中心部へ急いだ。「11月3日通り」という小洒落た名前の道を5、6分歩くと港に面したウニタ・ディタリア広場に出る。


夕飯は11月3日通りのリストランテ「エレファンテ・ビアンコ」で。午後7時前に突然、小雨が降ってきたのでそこに飛び込んだ。食事中に雨脚は激しくなったものの、帰る頃には小降りになったので濡れずに済んだが、まるで「ゲリラ豪雨」のよう。

今日は散々だったが、このリストランテの味は最高で、「トリエステで足止めをくって良かったな」とさえ思えた。第1皿はトマトソースのスパゲティ、第2皿は白身魚の蒸し焼きを頼んだ。最後にホームメイドデザートを注文したら、20個ぐらいのブルーベリーを載せたジンジャープリンが出てきた。どれも良かったが、スパゲティは今まで食べたスパゲティの中で一番と言ってもいいぐらいおいしかった。ヨーロッパではチップを払ったことがなかったが、ここでは心ばかりのチップを置いておいた。

ヴェネチアからトリエステへ

サンタルチア駅前のモニュメント

昨日ヴェネチアで合流したばかりの友人TKさんと別れ、イタリアの東端トリエステ経由で隣国のスロベニアへ向かう。ヴェネチア・サンタルチア駅を出発です。

観光客で賑わう駅前

イタリアからスロベニアには直通列車があると思い込んでいたが、実は夜行列車の1本だけしか走っていない。私とは逆方向の旅程でスロベニアの首都リュブリャナからヴェネチアにやってきたTKさんが教えてくれた。「会津只見線のようなローカル線を乗り継ぐか、バスを使うしかないよ」。

地球の歩き方の「クロアチア・スロヴェニア」にも載っているが、イタリア東端の都市トリエステから旧ユーゴスラビア方面へ国際バスが出ている。ただ、歩き方にはスロベニア側の時刻表だけで、トリエステ発の時刻表は出ていなかった。行けば分かるさという感じ。

午後2時56分にトリエステに到着する予定だったので、時間の余裕はあるだろうと高をくくっていたのに、列車が行程の半分も進んでいないところで、駅に停車したまま立ち往生してしまった。イタリア語のアナウンスしか流れなかったので何が起きたのかよく分からなかったが、乗客全員が猛烈な勢いで降りたので、とにかく後に続いた。デッキで隣にいたトロント出身のイタリア系カナダ人に聞いたら、「列車が故障した」と教えてくれた。彼女はいとこの結婚式のためにイタリアを訪問し、3週間旅行しているという。

ウディーネ駅にて

乗り換えた列車はウディーネ駅止まりで、また別の列車に乗り換えなくてはならず、トリエステには結局、3時間遅れの午後5時ごろに到着した。

2008年9月29日月曜日

リド島

サンマルコ広場を通り抜けた先の埠頭から水上バスに乗ってリド島へ。世界三大映画祭、ヴェネチア映画祭が1カ月前に開催されたばかりである。今年は、宮崎駿の「崖の上のポニョ」など日本の3作品がコンペティション部門にノミネートされ注目された。水上バスを降りると、ダースベーダーの石像がお出迎えしてくれる。映画祭の舞台ということもあるのか、ベーダー卿以外にも、寝っ転がる牛の像とか宇宙人のような彫像など奇抜なモニュメントが街路におもむろに展示されていて楽しませてくれる。


TKさんによると、この島は映画「ベニスに死す」の舞台になったとか。不動産屋の壁に貼ってあったチラシを見ると、数千万円の物件が並んでいた。チラシを覗き込んでいたTKさんと「こんなところに住んだら退屈しますかねえ」などと話ながら、浜辺へ歩いた。

シーズンには海水浴場として賑わうらしいが、さすがに暖かいと言っても9月下旬である。泳いでいる人はほとんどいなかった。ヴェネチアというと水路の張り巡らされた狭苦しいところというイメージだったので、開放的な浜辺が逆に印象的だった。


映画祭の会場と思われるところまで歩いてから、水上バスの発着場へ戻った。

ヴェネツィアへ

ミラノ駅での乗り換え時間はわずかに5分。乗り遅れたらどうしようと思ったら、目的の列車は隣のホームに止まっていた。

サンタルチア駅

昼前にヴェネツィア・サンタルチア駅に到着後、トリエステ方面からやってくる友人のTKさんとホームで待ち合わせをした。海外勤務中のTKさんに会うのは半年ぶりだ。この日は携帯電話で連絡を取り合ったり、ローマ字のSMSを送ったりしたので、ホームで再会しても、外国で会っているという感じがしなかった。

サンマルコ広場

ホテルを決め、昼食を食べてから、サンマルコ広場へ向かった。 Tシャツでも十分という日差しもあってか、もう秋だというのにもの凄い人出。8年以上前に訪れたときに食べた、広場隅のジェラート屋(左奥の建物の1階)で絶品のティラミスのジェラートを食べた。味は変わっていなかったと思う。

ヨーロッパで町歩きをしていて一番困るのがトイレ。この日も路地裏にある公衆便所にたどり着くのが大変だった。まあ、食事をした際にレストランで入ればいいのだけれど。

2008年9月28日日曜日

ミラノ行き夜行列車

フランクフルト中心部のにぎやかなオーストラリア料理店でカンガルーのステーキを食べてから、中央駅へ向かった。次の目的地はヴェネツィアです。

***

午後11時前、Dに見送られ、フランクフルト中央駅からミラノ行きの夜行列車が10分遅れで出発した。発車ベルもなく、突然ドアが閉まり列車が動き出すのはいつものことだ。6人用クシェットは私のほか、ドイツ人と中国人の女性だった。クシェットやコンパートメントは男女別でチケットを販売していないらしい。
旅の本質がどこにあるかはともかく、夜、見知らぬ町へ、宿もさだめずに移動しつつある時間にもっとも旅の旅らしい感慨をもよおす。
つまりすべての帰属感からの解放である。
(中略)
旅は楽しいものだ。しかし、夜遅く、ガランとほとんど乗客のいない列車の窓にもたれて過ぎていく景色を眺めていると、たまに見える人家の灯がひどく暖かくおもわれる。(玉村豊男「東欧・旅の雑学ノート」)
8年前にユーレイルパスで初めてヴェネツィア〜ウィーン間の夜行列車に乗って以来、旅情を掻き立てるこの移動手段が好きだ。ホテル代も込みと考えれば、ヴェネツィアまでの150ユーロは高くはないと思う。

私の寝床は3段式の下段だった。スーツケースはベッドとベッドの間に起き、リュックは枕元に置いた。夜行列車でいつも困るのが、メガネ置き場。普段使うことのないメガネケースを持ってくるのを忘れてしまうから。

10分遅れで出発した理由を警察の捜査とアナウンスしていたので、爆弾テロの脅迫でもあったのかと思ったが、同室のドイツ人女性は「ドラッグじゃないかしら。この列車はオランダから来ているから」と教えてくれた。この女性は「国境を越えるエンジニア」のメンバーで会議のためフィレンツェに行くと言っていた。

EU外のスイスを通過することからパスポートを車掌に預け、それから消灯時間がやってくると布団をかぶって横になった。DにSMSを送り、それからすぐに寝ることができた。
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