2007年10月25日木曜日

20年目の再訪

フィレンツェ旧市街南部の丘の上に立つサン・ミニアート・アル・モンテ教会前の広場からの眺望は素晴らしい。ベージュ系統で統一された別荘、緑の糸杉と紅葉した木々の並木道、そしてオリーブの丘の先にフィレンツェの市街が広がっている。しばらく絶景を見ながらメモを書いていると、アメリカ人の老夫婦に「写真を撮って」と頼まれた。

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(サン・ミニアート・アル・モンテ教会)

「素晴らしい眺めですね」と私が言うと、奥さんは「20年前にも同じ場所で写真を撮ったのよ。とても若かったわ」と微笑んだ。通りに抜ける階段を下りながら教会の方を振り返ると、2人はずっと同じ場所に佇んでいた。

中心部からアル・モンテ教会までの道のりは長かった。町の真ん中を流れるアルノ川に掛かるフィレンツェ最古のヴェッキオ橋を渡り、ピッティ宮の裏山というか丘を登って行ったのだが、本当は有名な展望台ミケランジェロ広場を目指していた。ところが途中で道を間違えてしまったのである。急に観光客風の人たちが前にも後ろにも見えなくなったので、歩いているうちに不安になったが、案の定、丘を登りすぎてしまったようだった。

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(ピッティ宮の裏山を登る)

ヴェルベデーレ要塞の入り口ところで左折するべきなのに、そのままサン・レオナルド通 りを直進してしまったのがいけなかった。昼食を食べたヴェッキオ橋近くのトラットリア「カミーノ」を出発してから2時間近く掛かった。その代わり、サン・ ミニアート・アル・モンテ教会やミケランジェロ広場よりもさらに高いところからフィレンツェの全景を眺めることができた。

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2007年10月23日火曜日

フィレンツェに到着

宿泊だけのボローニャから列車に乗って約1時間。最終目的地のフィレンツェに到着した。ホテルは駅前を歩き、2軒目に入った3つ星の「エリーナ」 に(3泊225ユーロ)。無線LANやADSLの室内設備はなかったけれど、ロビン・ウィリアムス似のフロントのおじさんは「インタルネット、OK」と言い、フロントにあったPC用の回線を使わせてくれるというので決めた。古い建物の3階部分をホテルに改装したペンションのようなスタイルで、2階部分にも別のホテルが入っている。格子状の扉の年季の入ったエレベーターの周りを階段が螺旋状に上っているような建物だ。

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(エレベーター)

午前中はぶらぶらと散策をしていたら、ウフィツィ美術館で「翌日チケット」の予約販売をしていたので、窓口に5分ぐらい並んで購入した(13ユーロ)。日本で事前予約をしてこなかったから、長時間並ぶのも覚悟していたけどラッキーだった。「地球の歩き方」には2時間待つことも少なくないと書いてあり、往時のディズ ニーランド状態らしい。この美術館で最も有名な作品は、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」。その他、「春」とかミケランジェロの「聖家族」などが展示されている。

夕方、フィレンツェのシンボルとも言えるドゥオーモ(大聖堂)を登りに行く。ドゥオーモの丸屋根をクーポラというそうで、世界史の教科書にも出てくるブルネレスキが完成させた。クーポラは辻仁成と江國香織の合作小説「冷静と情熱のあいだ」の舞台ともなった。小説は読んでいないが、映画はテレビで見た。階段が500段以上あるといい、これは結構きついが、屋上からの360度の眺めは絶景。映画のスタッフはカメラを担いでこんなところまでよく登ったものである。

ところで、町中の露店でピノキオの操り人形をよく見るなと思ったら、作者のカルロ・ロレンツィーニはフィレンツェの生まれだとか。本場のピノキオはディズニーのとデザインがだいぶ違い、素朴で間延びした感じ。

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2007年10月22日月曜日

サンマリノ

 8時すぎにラヴェンナのホテルを出て、リミニへ。電車は10分以上遅れたため、リミニでサンマリノ行きのバスに乗り遅れる。しかも、雨が本格的になったので、タバコ屋で折りたたみ傘を買う(6ユーロ)。駅のロッカーであたふたしているときに、傘を出すのを忘れたのだ。英語の話せないイタリア人の女性に使い方を教えてもらった。

正午のバス。
着いてすぐに飯。山頂の土産物屋のはずれにある店でラザニア。8ユーロは高すぎるだろう。しょぼい店だった。

旧市街を散歩し、郵便局で切手を買い、カフェでハガキを書く。あまりにも寒い。
国立博物館を一通り見た後、バス停へ。17時のバスでリミニへ戻る。

スポーツショップを見てから駅に向かう。横断歩道を渡ろうとしたとき、私の方を見ている女性の姿が目に入った。傘を買ったタバコ屋の軒先で雨宿りをしているようだった。私と目が合うとにこりと微笑んだ。誰だったか。私は横断歩道を渡りながら考えた。

そして思い出した。朝、ロッカーで使い方を教えてくれたあの女性だった! 

18時53分の列車でボローニャへ。夕食はサンドウィッチを二つ。ホテル探しに難航するが、MILLEN HOTELへ。

2007年10月21日日曜日

ラヴェンナの土地

 ラヴェンナは「歩き方」に載っていたアルジェンタリオという3つ星のホテル。駅から5分というが、もうちょっとあるかな。ガタガタとスーツケースを引くのにも慣れてきた。「フロントも親切」と書いてあったが、英語がほとんどしゃべれない無口なあんちゃんが1人。ネット環境はなさそうだ。

ホテルでは休まないでサン・ヴィターレ教会へ直行。教科書にも載ってる(多分)有名なモザイク画を見た。これまであんまり教会に興味を持つことはなかったが、ここの内部の雰囲気はいい。ステンドグラスが好きではないのだろうか。ここのようなモザイク模様は嫌いではない。巨大な建物ではないが、荘厳な感覚が残った。美術館等は冬時間対応になっていたようで、17時ごろにはあらかた閉館になっていた。

ところでこういう観光地にあるブランド品の店というのは、商売になるのだろうか。観光客はこんなこじんまりとしたところまで来て、ブランド品をわざわざ買うとは思えない。買うならミラノとかに行くだろう。地元の人向けなら旧市街に作る必要はあるまい。

ラヴェンナは意外に鄙びた感じだった。秋だからか。日本人も見掛けないなあと思っていたら、サン・ヴィターレ教会にツアーがやってきた。ベンチに腰掛けていたら、「スミマセン。ココニスワッテクダサイ」と突然背後から日本語が聞こえてきた。イタリア訛りの日本語を駆使する小太りのおばちゃんツアーコンダクター。発音はかなりぎこちなかったが、話す内容は文法的にもきちんとした完璧な日本語だった。どんなコースをめぐるツアーなのだろうか。フィレンツェを含んでいるのは間違いないだろう。バスで移動しているのだろうか。今はまだツアー旅行はノーサンキューである。

ただ、もう少し計画してから旅行に出た方がよかったかもしれない。

18時ごろにホテルへ一旦戻り休憩。ボローニャ駅で買った1ユーロのビスケットとミニバーのレモンソーダー。夕食は市街まで出るが、結局ホテル近くのピッツェリア。ダンテ・ピザとベイクドポテト、グレープフルーツジュース、さらにカプチーノ。ダンテはボリュームがありすぎ。イタリアはコーヒーがうまい。ミルクがうまいのかもしれない。マイケル・ダグラス似(背を低くして、腹を出した感じ)の店員に勧められるままに食後のコーヒーまで頼んでしまった。結構な額。ピザは9ユーロだったが。

夜は読書。22時には寝る。
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